賞賛されるべきものか

なりたいという声が集中している

Youtuberというものが注目されるようになったことで、社会を良く知らない小中学生達の中にはYoutuberになりたいと真剣に考えている人が増えているというが、もう少し無難な仕事にした方が良いと思っている。内容ややっていることだけに注目してみれば人間として本位な生活を営んでいる様に見えて、ニュースで騒がれている時代の流れによって苦境に立たされている生活状況を考えれば自分の好きなことだけをして大金を稼ぐというのは、やはり憧れに見えてしまうのだろう。

動画投稿をビジネスとしてその一端を見せているが、またとあるYoutuberが出演したときにはやはり会社を辞めて、自分の好きなことをして動画投稿をして、お金がもらえる生活をハッピーと語っている。この言葉もまた非常に危険なものだと気付く人は気付くが、不都合な真実を隠して放送されている部分もある中でその本質を見誤ってしまう人も実際にいるのも事実だ。

Youtuber、平たく言えばアフィリエイトの一種だということ、そしてネットなどで騒がれている大金を獲得できる可能性は限りなく低い。

好きなことが苦痛になってしまうことも

Youtuberの大半は確かに好きなことをしているといえるかもしれないが、彼らの背後には間違いなく企業という大きな存在がある。自画撮りしているのかもしれないが、作成する動画の内容などに関して企業自らが台本を製作している可能性は十分にありえる。そんな事はないと言えなくもないが、1つの可能性として否定しきれない部分も出てきてしまうため、Youtuberというのが実は企業と蜜月な関係を築いて意図的に再生数を伸ばしているかもしれないのだ。

実際、現在主要となっているYoutuberの大半はプロダクションに所属している、いわばタレントとして活動しているというのだ。この時点でもはや素人という枠から外れている、誰もが所属しているわけではないが、主要な投稿者の大半が既に一般人ではなくなっている。

好きなことをして生きていく、2014年下半期中頃から見られるようになった言葉だが、今の時代からすれば反則すぎる言葉といえる。好きなことが出来ずに懸命に生きている人が多い中で、Youtuberのような人々の暮らしは奔放で、人生を謳歌しているように錯覚してしまうが本当にそうだろうか。動画投稿という1つのカテゴリーを、ただの素人が追求して行くとなると当然どこかで行き詰ってしまう。

特に高評価された後の動画作りほど緊張するものはないようで、これよりもいい動画を作るという責任感に襲われるようになった瞬間、おそらく色んな意味で終わりを迎えてしまうのかもしれない。好きなのに今はとても苦痛に感じてしまい、好きなことが嫌いになってしまうという可能性も十二分にありえる。

褒められた仕事といえるか

総括に入るが、こうしてみるとYoutuberというものになりたいと思っている人は現在でも多いのかもしれないが、そうした意味も含めて本当に仕事としてやっていけるものなのか。またこうした広告収入を基本とした人々が活躍できるのも、やはり期間限定のようにも見るべきだ。持続的に、それも長年Youtuberとして活動していける保障も無い、というよりこれからYoutuberが増えていけば益々個性的な動画を作るのが難しくなる。

黎明期においてはまだ参入することが出来るジャンルも多かったが、今は大半が参戦するのが難しいものばかりだ。一時期はキャラ弁の作り方といったものも動画投稿で話題を得るなどの動きは見られたが、そこかしこに同様の動画が挙げられると再生回数は分散されて、収入という実績が目に見えて減衰してしまうのを目の当たりにしてしまうだろう。

Youtuberが小中学生達から憧れの職業などともてはやされるようになったことで、ますます親御さんにとっては見過ごせない展開になってきそうだ。好きなことをして生きていく、これを実現できるなら越したことはないかもしれないが、活躍できる見込みは何処にもない。

ユーチューバーって何だろう?

今やインターネットを使うことで音声だけでなく、映像も一瞬で送信することが出来る。誰でも簡単に利用することが出来るこのサービスを利用して、Youtubeでは『ユーチューバー』なる人々が誕生しているという。初めて聞いたことがあるという人もいると思うので、ここではそんなユーチューバーについて色々な事を紹介していくサイトとなっている。